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京都地方裁判所 昭和46年(行ウ)14号 判決

原告

和田三郎

右訴訟代理人

三木善続

被告

京都府知事

蜷川虎三

右訴訟代理人

小林昭

主文

被告が原告に対し昭和四四年一〇月七日付でした懲戒免職処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告訴訟代理人

主文同旨の判決。

二、被告知事訴訟代理人

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二、当事者の事実上の主張

一、請求の原因事実

(一)  原告は、もと訴外亀岡土木工営所に勤務していた京都府職員であるが、昭和四四年一〇月七日、地方公務員法二九条一項一号、三号所定の懲戒事由に該当するとして、被告知事から懲戒免職処分を受けた。

その処分理由は、「原告は、昭和四四年九月二六日、亀岡市において酒気を帯びて車両を運転し、通行人を負傷させ、救護義務を怠つたが、これは道路交通法に違反するばかりでなく、被告知事が京都府職員に対し人命を守る京都府の基本方針に基づいて再三厳重に注意してきたことに違背し、全体の奉仕者である京都府職員として全くふさわしくない行為である。」というにある。

(二)  原告は、同年一二月五日、被告知事を相手どつて、京都府人事委員会に、地方公務員法四九条の二に従つて不服申立てをしたところ、同委員会は、昭和四六年五月二八日、本件処分を承認する旨の判定をし、その判定書は、同月二九日、原告に送達された。

(三)  しかし、本件処分は、次のとおり違法な行政処分であるから、その取消しを求める。

(1) 被告知事は、原告の行為が地方公務員法三三条の規定に違反するとして、直ちに同法二九条一項一号、三号の規定によつて本件処分を行なつた。しかし、同法三三条は、一般的訓示規定にすぎないから、懲戒処分の基準となり得ない。

同法二九条二項は、「職員の懲戒の手続および効果は、法律に特別の定がある場合を除くほか、条例で定めなければならない。」旨規定しているが、この規定は、行政罰に対する正当手続の保障と罪刑法定主義を定めたもので、条例により、懲戒処分の基準を定め、処分権者の恣意を防止することにその立法目的があると解すべきである。

それだのに、京都府には、これに関する条例もしくはそれに準ずる処分基準がなく、本件処分は、被告知事の恣意に基づいてなされたものであるから、手続的に違法な処分である。

(2) 本件処分は、次の諸事情に照らし、裁量権の範囲を著しく逸脱した違法な処分である。

(イ) 本件処分理由の一つに、原告の救護義務違反もあげられているが、原告は、事故に気づかなかつたため、そのまま進行したのであつて、この点について、原告は、刑事手続で起訴されていない。

(ロ) 本件事故による被害者の傷害は、治療約一か月程度のもので、後遺症がなく完治している。

(ハ) 原告は、本件事故後、家族とともに被害者に対し謝罪したうえ、被害者の請求どおり賠償金一〇六万七、一一三円を支払つて誠意を尽し、被害感情は宥恕されている。

(ニ) 本件処分は、京都府職員が、昭和四二年に起した二件の交通事故に関する処分ないし結果と比較し、著しく公平を欠いている。すなわち、訴外松本英雄は、昭和四二年七月二二日、被害者に加療一か月を要する傷害を負わせて逃走し、懲戒八月執行猶予三年の刑に処せられたが、依願退職が認められたし、訴外伊藤秀夫は、同年一〇月四日、飲酒運転で傷害事故を起し、禁錮三月の刑に処せられたが、配置転換処分を受けたにすぎない。これに対し、原告は、本件事故で罰金五万円の刑に処せられただけなのに、最も重い懲戒免職処分を受けた。

(ホ) 教育者や警察官など指導的立場にある者が本件のような事故を起した場合ならばともかく、当時一介の事務職員にすぎなかつた原告による本件事故が、府職員全体の名誉を傷つけたとまでいえるかどうか疑問である。

(ヘ) 原告は、本件事故後、直ちに非を認めて被告知事に対し依願退職願を提出した。

(ト) 本件事故については、飲酒を伴なうリクリエーションを平日に行なうことを許容していた被告知事にも、その責任の一端がある。

二、請求の原因事実に対する認否

(一)  請求の原因事実中、(一)、(二)の各事実は認める。

(二)  同(三)の事実のうち、(1)の事実は否認する。(2)の事実のうち救護義務違反の点について起訴のなかつたこと、原告が被害者に対し原告主張額の賠償金を支払つたこと、京都府職員が昭和四二年に起した二件の交通事故の内容と、右職員および原告に関する刑事処分並びに行政処分ないし結果の内容が、いずれも原告の主張どおりであること、原告の本件事故における身分並びに事故後原告が被告知事に依願退職願を出したこと、平日である本件事故発生日に、飲酒を伴なうリクリエーションが行われたこと、以上の事実は認め、その余の事実は争う。

三、被告知事の主張

本件処分は、適法な処分である。すなわち、

(一)  京都府職員の懲戒の手続および効果については、昭和二六年九月一八日、京都府条例第三三号により、明確に規定されている。

(二)  他方、懲戒処分の基準を条例で定めなければならない法の根拠はないが、被告知事は、昭和四三年以降、京都府全職員に対し、飲酒運転で人身事故を起した場合、即刻懲戒免職処分を行なう旨を通達するとともに、機会のある毎に飲酒運転の禁止を徹底させることにより、交通事故についての処分基準を明確に示していた。原告は、このことを十分承知していたにもかかわらず、本件事故を起したのであるから、本件処分が、被告知事の裁量の範囲を越えた苛酷な処分であるとはいえない。

なお、原告の主張する他の二件の交通事故に関する事例は、いずれも被告知事の右通達以前のものであるから、本件処分と対比すること自体失当である。

第三、証拠関係〈略〉

理由

一、原告主張の本件請求の原因事実中(一)、(二)の各事実は当事者間に争いがない。

二、そこで、本件処分の適法性について判断する。

(一)  地方公務員法二九条二項は、懲戒の手続と効果については、法律に特別の定がある場合を除くほか、条例で定めなければならないと規定しているが、同項は、懲戒処分の基準を条例で定めることを要求していないし、同法には、ほかにこれを要求する旨の規定がないから、地方公共団体の長は、職員の行為が同法二九条一項の懲戒事由に該当する場合、同法六条一項、二九条一項により、その裁量権の範囲内で当該職員に対し懲戒処分を行なうことができると解するのが相当である。

従つて、条例その他これに準ずる処分基準に基づかない本件処分は、手続的に違法である旨の原告の主張は採用できない。

(二)  次に、本件処分が被告知事の裁量権の範囲を著しく逸脱したものといえるかどうかについて検討する。

(1)  原告は、本件交通事故を惹起した当時、亀岡土木工営所に勤務する京都府事務職員の地位にあつたもので、右事故後、その被害者に対し金一〇六万七、一一三円の損害賠償金を支払い、また被告知事に対し依願退職願を提出したこと、原告が本件交通事故について業務上過失傷害と飲酒運転により罰金五万円の刑に処せられたこと、京都府職員が昭和四二年に起した原告主張の二件の交通事故について、それぞれ原告主張の内容の刑事処分と行政処分(ないし依願退職)が行われたこと、以上のことは当事者間に争いがない。

(2)  〈証拠〉を総合すると次のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

(イ) 原告は、本件事故当日、京都府職員互助会亀岡支会主催のリクリエーション行事である「なし狩り」に参加し、目的地の兵庫県氷上郡春日町の食堂で昼食をとつた際、日本酒約二合を飲んだほか、帰路のバス車内で四合入り日本酒一本を同僚と回し飲みし、解散後、同僚一名とともに亀岡市内の飲酒店二軒に立ち寄つてビール約一本と日本酒一合ほどを飲んだ。原告は、その直後、附近の空地に駐車していた原告所有の軽四輪貨物自動車(通勤用に使用)を運転して自宅に帰る途中、前記飲酒により呼気一リットルについて1.5ミリグラムのアルコールを身体に保有し、その影響により前方注視が困難な状態にあつたため、同日午後六時一五分頃、同市曾我部町重利風ノ口三七番地附近府道上において、進路左前方を同一方向に進行中の訴外近藤幸子(当時一八才)運転の自転車に気付かないままその後部に自車の前部を衝突させ、同訴外人に対し、加療約四〇日間を要する頭部外傷、左手拇指骨折等の傷害を負わせた。

(ロ) 原告は、被害者救護等の措置をとらず、そのまま自車を運転して右事故現場を立ち去つたが、同所から約1.5キロメートル程進行してUターンし停車していたところを亀岡警察署員に逮捕された(しかし、原告が右事故現場を立ち去つた際、本件事故発生の事実を認識していたことを確認できるだけの証拠はない)。

原告は、この救護義務違反については、起訴されなかつた。

(ハ) 原告は、昭和四四年九月二九日、被告知事に対し依願退職願を提出する一方、被害者を病院に見舞い、被害者側の要求どおりの損害賠償金を支払つた。被害者側は、原告の誠意を認め、同年一二月七日付で示談を成立させ、刑事事件の嘆願書を認めた。

被害者の右傷害は順調に完治し、後遺症を残していない。

(ニ) 被告知事は、昭和四三年以降、京都府全職員に対し、これまで以上に交通事故防止に努めるよう指導し、特に、同年五月、飲酒運転で府民に少しでも損傷を与えた場合懲戒免職処分にする旨新聞紙上で公表し、それ以後も、機会ある毎に、職員に対する訓示や通達等により飲酒運転の禁止を徹底せしめていた。原告は、このことを熟知していたのに、飲酒運転によつて本件事故を起してしまつた。

(3)  前記当事者間に争いのない事実や認定事実から、次のことが結論づけられる。

(イ)  全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務すべき立場にある京都府職員であつた原告が、飲酒のうえ自動車を運転して交通事故を惹起し、被害者に加療約四〇日間を要する傷害を負わせたことは、全体の奉仕者としてふさわしくない行為であり、その職員としての信用と名誉を傷つけたことはいうまでもないから、原告の行為が、地方公務員法二九条一項三号に該当することは明らかである。特に、被告知事が、昭和四三年以降、京都府全職員に対し、飲酒運転を絶対にしないように厳しく戒め、通達や新聞紙上を通じて、飲酒運転により人身事故を惹起した場合、懲戒免職処分にすることも辞さないという方針を明らかにしていた折から、敢えて飲酒のうえ自動車を運転して本件事故を惹起し、京都府職員に対する府民一般の信頼を裏切つたものである。従つて、原告のこの行為に対する責任は、軽々しく評価することは許されない。

京都府職員互助会亀岡支会主催による本件事故当日のリクリエーションンで、その参加者に飲酒が許されていたとはいえ、いやしくも飲酒した以上自動車を運転してはならないことはむしろ当然の事理に属するから、右事情が、原告の責任を軽減する事由となり得ないことはいうまでもない。

(ロ) ところで、地方公共団体の長は、当該公共団体の職員に地方公務員法二九条一項の所定の懲戒事由が存在する場合には、懲戒権者として自らの発意と裁量により懲戒権を発動し、懲戒処分の種類と程度を決定することができるが、本来右懲戒権は、公務員関係における秩序の維持を目的として行使されるべきものであるから、地方公共団体の長は、この目的にそつた一定の客観的標準に照らして懲戒権を行使すべく、その行使の限界は、具体的事情に即し右目的を達するに必要かつ相当な範囲に限られ、この限度を逸脱した懲戒処分は、法規裁量権の行使を誤つた違法があると解するのが相当である(最判昭和三五年七月二一日民集一四巻一、八一一頁参照)。そして、右具体的事情としては、単に当該懲戒事由に該当する行為の外形的事情に止まらず、行為者の主観的事情、行為時の公的地位、行為後の事情等ひろく諸般の事情を総合して判断し、それが当該公務員秩序におよぼした影響の程度内容を勘案して妥当な種類程度の処分が選択されなければならない。

(ハ) この視点に立つて本件を観察する。

原告が本件飲酒運転をした当時、飲酒運転者に対しては懲戒免職処分に付する旨の被告知事の方針が明らかにされていたことは前記認定のとおりであるが、このことが直ちに原告に対する本件懲戒免職処分を正当づける根拠となり得ないことはいうまでもない。ところで、原告が右飲酒運転によつて惹起した交通事故は、原告の一方的過失によるものではあるが、幸い人命にはかかわりなく、被害者の傷害もすでに順調に完治して後遺症を残していない。原告は右事故後間もなく被害者の申出どおりの損害賠償金を支払つて示談を成立させ、被害者側は原告の誠意を認めて宥恕の気持を現わしており、被害者側の関係ではすでに右事故による被害は回復された。そうして、原告が、本件事故直後被告知事に対し依願退職願を提出していることは、被害者に対する右のような態度とあいまつて、本件事故に対する原告の反省と悔悟の情を現わしたものであるし、本件事故について原告の受けた刑事処分が、この種の事件としては比較的軽い罰金刑に止まつたことは、本件事故が社会公共の秩序におよぼした影響がさほど重大なものではなかつたことを裏付けるものである。さらに、本件事故当時、原告は、京都府の出先機関である土木工営所の一事務職員であつて、他の職員に対する監督権をもたず、教員、警察官などのように府民に対する交通事故防止の教化指導をその職責とするものではない。

このようにみてくると、原告の飲酒運転とこれによつて惹起された本件事故が、懲戒免職によつて原告の職員としての身分を剥奪することを除いては、他に京都府における公務員関係の秩序の維持を図る適当な方法がないほど重大な非行に当るとは到底認められない。原告は、被告知事に依願退職願を提出したのであるから、被告知事は、これを受理すれば十分であつて、それをせず、敢えて本件処分をしなければならなかつた必要性と相当性を見出すことができない。

(ニ)  そうすると、被告知事が原告に対してした本件懲戒免職処分は、その懲戒権行使の限界を逸脱した違法な処分として取消しを免れない。

三、むすび

以上の次第で、原告の本件請求は、理由があるから正当として認容し、民訴法八九条に従い主文のとおり判決する。

(古崎慶長 谷村允裕 飯田敏彦)

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